成定啓子

木村病院看護部長兼地域連携室長

あなたは、日々楽しく過ごせていますか?どれくらい笑うでしょう?

なにか夢や希望を持っていますか?「そんなこと…今更…」なんて、思っていませんか?

確かに「夢」といえば、子供が見るものという感じがしますが、人生の最後まで「夢」や「希望」を持ち続けることはできます。

「夢」というより「大切にしたいこと」なら、思い浮かぶでしょうか?「孫の成長が楽しみ」「週に一度は友達と美味しいランチを食べる」「自宅のお気に入りの椅子に座って読書をする」など、日々の生活の中で楽しいと思えたり、至福の時間だと大切にしていることがあるのではないでしょうか。

少子高齢社会という背景の中で、高齢者が楽しく生き生きと過ごしていくことは、その人の人生を豊かにするだけでなく、高齢者の後ろ姿を見て育つ若者や子供たちの未来を創ることに繋がります。

医療の世界で起こってきたことを、是非、医療や介護を受けることになる前の方々に知っていただき、この先「自分らしく生きる」参考にしていただければ幸いです。


1.延命治療中心の戦う医療の時代から、その人らしい生活を支える医療の時代へ

30数年前、私が看護師として医療の現場で働いていたころは、ご家族の意向で本人には病名も知らされず、病院で治療を受けながら最後の時を迎えるのが普通でした。最後の時は心臓マッサージを行い、高価な薬を投入した末「力及ばず申し訳ありませんでした」と医師が患者さんのご家族に頭を下げるような光景がありました。


患者さんも、本当のことを知るのが怖くて聞かないまま「治るのではないか」というかすかな期待を持って病院で治療を頑張り続け、最後の最後に「やっぱりもう無理なのか」と自覚していたように感じていました。

私は、「人が死ぬときには、こんなに苦しい治療を超えなければいけないのか…」「これが人生最後の修行なのか」と現実を受け止めていました。その頃は、これが「あたり前」の一連の医療だったのです。

しかし、緩和医療や緩和ケアという分野が広がり、最後まで病院で機器に繋がれながら苦しい治療をし続けなくても、痛みや苦しみを取り除きながら、自宅で過ごすことができるようになったのです。

今では、病名を本人に伝えることは当然のことで、病状についてもきちんと説明し、情報を提供し、本人や家族と共に治療を選んでいく、という考え方になってきました。

しかし、これは人生最後の時だけのものではありません。いのちに直結しなくても、治る治療であっても、例えば合併症が起こったり、後遺症が残る場合があります。いのちを救うために他の機能が損なわれ、その後の生活が変わることがあります。その時々で「この先自分は何を大切にどんな風に過ごしたいか」ということを、あなたの治療にかかわる医療者に、言葉で伝えられるようにしていた方が「こんなはずではなかった」という後悔が少ないのです。

ここで、私の母親の例をお伝えしましょう。

母は、早期胃がんを克服した15年後、大腸がんからの肺転移で約10年前に亡くなりました。大腸がんが見つかった時すでに転移があり、完全に治すことが難しいことはわかっていました。私は母親と「自分の体のことは知っておきたいから病名や病状は隠さずに、必ず伝えあおう」と約束していたのですが、これから手術に向かう母親に、転移のことは伝えられなかったのです。母は胃がんを制したと同様、大腸がんも克服したと感じていたかもしれませんが、術後、安定した時期に、「実は…」と伝えました。

その後、抗がん剤治療が始まりました。母は、治療の間の体調がいい時期には「同級生に会いに行きたい」「カニを食べに連れて行ってほしい」など、言葉にして伝えてくれました。私はできる限り無理のない範囲で、それらに付き合いました。さて、抗がん剤が効かなくなり、次の抗がん剤に変えようと医師の提案がありました。医師からは「これで、またがん細胞を小さくすることが期待できます。ただ、神経症状があり感覚が鈍くなったり味がわからなくなったりすることがありますが…」と説明されたのです。その時の母の返事はこうでした。「先生、今までの治療も死ぬかと思うくらい辛かったですし…温かいものは温かく、美味しく食べたいですから、治療はこの辺でいいですわ」でした。医師も私も驚きました。まだ治療ができるのに勿体ないと思ったのです。その後は、抗がん剤をしなかったので副作用もなく、一緒にいろんなところに出かけることができました。「治ったで」というほど調子が良い日もありました。「治ってないと思うけど…」そう言いながら二人で泣き笑ったことを思い出します。隠す必要がない状況でしたから、娘としては本音で母と話すことができましたし、一緒に泣くこともできました。最後に寝込んだのは2週間程度でした。 私の例が良いかどうかはわかりません。また、治療を続ける選択があってもいいと思います。ここでお伝えしたいのは、治療をすればどうなるのか、しなければどうかをしっかり聞いて、医師や周りの人に自分の意思を伝えることが大切だということです。何を大切にしたいか本人が伝えることができれば、周りはそれを応援する、または邪魔をしないように家族としての覚悟もできます。


2.退院支援と意思決定支援

「家族の迷惑になりたくない」というのが最後の願い?
「家で介護はできない」という家族の事情

私はある時期病院の地域連携室(病院からご自宅に帰ることを支援する部署)で働いていました。そこで「本当は自宅で過ごしたいけれど、家族の迷惑になるから帰りたくない」と言う方に多く出会いました。本当にそれは迷惑なのでしょうか?とりあえず気持ちを伝えてみることが大切かと思います。


また、ご家族からは「私たちにも生活があるので、自宅で介護は難しい。」というお話も沢山いただきました。でも、私の中では、なぜ病院に入院すると自分の家に帰れなくなるのか?という疑問が残りました。それには、介護保険が一般化してきても介護の負担がまだまだ家族にのしかかっている現状があること、家に帰っても病院と同じ医療や介護を望む本人や家族がいることなどがあります。また、自宅にヘルパーさんなど他人が入ることへの抵抗も根強いものがあるのかもしれません。もちろん、それまでのそれぞれの家族の歴史があり、事情や関係性も様々です。

しかしながら、自分の人生の最後まで希望をもって生き続けることはできます。

極端な話ですが、身寄りのない一人暮らしの方の場合、家族に迷惑をかける心配も家族の介護を受けることもないわけですから、介護保険や地域のさまざまなサービスを活用しながら、自分の意思で自宅で過ごすことはできるのです。家族は介護ができない負い目を感じることなく、できる範囲で本人の意思を叶えていくことが、家族自身のその後のためにも大切なことなのです。

また、今では自宅に限らず多様な生活の場が選べる時代になってきました。サービス付き高齢者住宅もその一つです。選ぶときには、自分の希望をどれくらい聞いてもらえるのかを尋ね納得したうえで決めることが大切です。例えば、子供や孫と時間を大切にしたいのであれば、ご自宅の近くなどで行き来しやすい場所かとか、必要な治療を継続できるかなど、自分のこれからの生活に必要な優先順位を考えておくことです。


今では、在宅療養を支える医療・福祉関係者はチームを組んで生活を支えることができます。病院に依存しすぎず、入院治療が必要な時にだけ病院を活用するといった意識を持つことが必要です。

前に述べた母の場合、医師が治療のこれからを話し、母が治療をやめる意思を表明し、それを周りが受け入れると決めた場面が、医療者側からすると意思決定支援と言えるでしょう。


3.「目の前の患者さんから学ぶ」

これは、私が看護師になったばかりの時に、当時の看護部長さんからかけられた言葉です。


 

Aさん「僕はね、会社役員のころ、使いものにならないやつのクビを切っていたんだよ。きっと恨んでいるだろうな。今、僕は何も役に立たなくなってしまった。こんな僕が生きながらえるために医療費を使うくらいなら、未来ある若者のために医療費を使うべきだと思うのだが…君はどう思うかね?」そんな問いをもらったことがあります。若かった私には、重い質問でした。また、善かれと信じて会社のためにしてきたことが、心にずっと引っかかっておるのだと感じました。私は、その時、良い答えを探しましたが、とうとう見つからず「わかりません」と答えました。続いて「でも、Aさんに出会えたことは私にとって良かったです」と言いました。それは、そのような過去の話をしてくれて、Aさんが私には及ばない視点で悩んでいることを私のような若者(当時)に伝えてくれたこと自体が、とても貴重なことだと思えたのです。後々、その言葉が意味することを考えました。Aさんは、生産性で人の価値を測ってきた時代を生きてこられ、今何も生み出せなくなった時、生きる意味を見つけられなかったのかもしれないと後になって感じました。この問いは、Aさんが亡くなって20年以上たった今も、まだ私の中では色あせることなく、生き続けています。だから、Aさんは何も役に立たなかったわけではないのです。

また、Bさんはその頃同年代の男性でした。「僕は必死でやっと銀行の支店長になったのに、なぜ死なないといけないのか!」「あなたは生きるんだろう!あなたの指図は受けない!」と最後まで病院で戦い続けました。私には、推し量ることができないほど、苦労や我慢があったのでしょう。この時、相手のことを理解しようと思ってもすべてを理解することはできないということを実感しました。誰もが周りに感謝して穏やかに過ごすことを目指せるものではありません。理不尽な思いをキレイに収めることが良いとも思いません。誰かに思いをぶつけることもあるかもしれません。しかし、これもまた、Bさんの生き方だったのだろうと思います。

私は病院での退院支援や在宅での療養支援を経験させていただいたおかげで、人生の先輩方に出会い、彼らは時々時空を超えて会いに来てくれて、私自身が前に進むことを応援してくれます。


4,「人生会議」をご存知ですか?

~あなたの人生はあなたのもの…思いを言葉で語ることの意味~



だから、一人一人が何を大切にどのように過ごしたいかを周りの人に言葉で伝えられることはとても大切なことなのです。

さて、ではあなたの気持ちを一番理解している人は誰ですか?

コロナの時代が来て、人と人が出会って語らう場が一機に少なくなってしまいました。コロナ禍では病院の面会が制限され、最後にご家族が会うこともままならない状況が起こりました。これに限らず、各地で災害が起こり、いつどのような形でお別れが来るかもしれません。

自分で自分の思いを言葉で伝えられればまだしも、伝えられない状況の時、代理決定者として、あなたのご家族や大切な人が変わりに決めなければならない場面があります。そのような時、その代理決定をするだろうあなたの大切な人は大きな負担を背負うことになります。その後も「本当にこれで良かったのだろうか」と悩み続けることになるかもしれません。また、兄弟の中で意見が食い違い、後々兄弟の仲が悪くなるようなご家庭にも出会いました。

だから、できるだけ日常の中で「何を大切にして過ごしたいか」をご家族と話すことが大切です。このような話は、子供の立場からはなかなか親に切り出せないものです。ましてや嫁の立場からは難しいでしょう。「気が変わる」こともあるでしょうから、できれば明るく笑顔で何度も繰り返しお話することをお勧めします。

さあ、人生会議しましょう。